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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)80号 判決 1952年12月25日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人納谷信造、同斉藤忠雄の上告理由について。

仮処分はそれが係争物に関するものであると(民訴七五五条)仮の地位を定めるものであると(同七六〇条)を問わず、金銭の債権でない権利につきその本来の内容そのものを保全することを目的とするものである。(この点において仮差押が金銭の債権又は金銭の債権に換うることを得べき請求について動産又は不動産に対する強制執行を保全すること、すなわち窮極において権利の金銭的価値を保全することを目的とするのと対照をなす。民訴七三七条参照)しかし特種の場合にあつては、権利本来の内容を保全することが、窮極において金銭的価値を保全することでその目的を遂げ得るような場合がないではない。例えば担保物権そのものを保全することは、それらの権利が金銭債権についての優先弁済を受けることを内容とするものであることに徴し、必ずしもその目的物につき仮処分をなすことを要せず、債務者をして金銭的保証を立てさせることによつて債権者を満足せしめることができるのである。かかる場合債権者が担保物権そのものの保全を目的とする仮処分の方途を選んだとしても、(この場合債権者は金銭の債権に換うることを得べき請求の主体として仮差押を求めることもできる。)債務者をして不必要に不利益を忍ばせてまで、債権者を保護すべきでないこと勿論であるから、かかる仮処分は債務者をして保証を立てさせることによりこれを取消し得るものとすることが妥当であると考えられる。この考え方は、更にそのほか、債権者が仮処分によつて受ける利益に比し債務者がそれによつて受ける不利益が著しく多大であるような場合にあつても当事者双方の利害関係を衡量して、債権者をして金銭的保証を以て満足せしむべきものとすることにまで進展する。特別事情による仮処分の取消を規定した民訴七五九条はかくの如き考慮の下に立法せられたものと解せられるのである。

本件において、原審はその挙示する証拠により疏明せられたとする判示諸般の事情を考察して、結局上告人申請の仮処分は判示目的物件の所有権を保全せんとするにあるから「金銭的補償をうることによつてその目的を達し得べきものである」とし、しかも本件仮処分をめぐる当事者双方の利害を衡量すると「本件仮処分によつて受ける被上告人等の損害は……普通の場合に比し遥に多大である」から、民訴七五九条にいわゆる特別の事情あるものと判断したのである。この点に関する原判旨は首肯し得るところであり、原判決には所論のような違法はない。また、民訴七五九条により債務者をして立てさすべき保証の額は、裁判所の自由なる意見により前示立法趣旨に合すべき金額を定むべきものであること勿論であるが、この点においても原審は疏明せられた判示諸般の事情を斟酌した上、被上告人等をして上告人に対し各金一〇万円の保証を立てさせることを以て足ると判示している。そしてこの原審の裁定は必ずしも所論のように経済事情を無視し実験則に反し、その裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとは考えられない。それ故論旨は採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔)

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